宇治と太平洋戦争|

京都では、大阪や神戸のように、大規模な空襲はありませんでした。

しかし、当時、農村地域であった宇治にも、いくつかの工場があり、太平洋戦争終盤の1945年になると散発的な空襲に見舞われました。

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大久保村と宇治村

1945年7月24日早朝に、大久保町の日本国際航空工業と宇治町の栗村鉱業所付近に爆弾が投下され、大久保町で6名、宇治町で7名が亡くなりました。

大久保町の日本国際航空工業は、主に、練習機と輸送機を製作しており、当時、学徒勤労動員により桃山高等女学校や京都府女子師範学校などから、1万人近い女学生が働いていました。

日本国際航空工業の現在

陸上自衛隊・大久保駐屯地内に寄宿舎地区(寄宿舎・養成工場・青年學校・病院)の総合事務所棟が完存しています。

  • 住所 :京都府宇治市広野町風呂垣外1-1
  • 最寄駅:近鉄京都線 大久保駅またはJR奈良線 新田駅

粟村鉱業所宇治工場の現在

現在工場は閉鎖。跡地にはホームセンターや薬局など多くの店舗が並んでいます。

  • 住所 :宇治市宇治戸ノ内
  • 最寄駅:JR宇治線 宇治駅

火薬製造所と火薬庫

戦時中、宇治には火薬製造所と火薬庫がありました。

現在の「五ヶ庄」、東宇治中学校や京都大学、自衛隊、宇治少年院や黄檗公園のあたりです。火薬製造所の大きさは甲子園球場約35個分でした。

1937(昭和12)年には爆発事故を起こし、その炎は遠い右京区からも見えたそうです。黄檗公園野球場入り口左に火薬を運ぶために使っていたトンネルが残っています。

黄檗陸軍火薬製造所跡-黄檗公園の現在

  • 場所:宇治市五ヶ庄三番割
  • 最寄駅:JR、京阪黄檗駅

宇治の戦争跡

曹洞宗 鳳翔山 靖國寺

靖国神社に対して全国の戦没英霊を仏式に合祀する日本唯一の寺です。

創建以来、戦没者の遺骨、無縁の英霊が全国各地より奉安置され、昭和26年には靖国神社より二百四十万余りの御分霊をお迎えしてお祀りしています。

昭和63年より山号を鳳翔山と改め檀信徒教化の場として、また宇治の観光名所の一端として今日に至ります。

  • 住所:〒611-0021 京都府宇治市宇治金井戸7-14
  • TEL:0774-21-3023
  • 最寄駅:JR宇治駅 京阪宇治駅からタクシーなど

***詳しくはこちら***

【天ヶ瀬】曹洞宗 鳳翔山 靖國寺

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